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子育て

ことばの違和感「不登校」

2024年3月、長男は高校を卒業しました。

写真は、進学を目指して受験に向かう長男です。

 

今は試験の合否待ちなので、彼の進路はまだ決まっていませんが、忘れやすい私のことですから、この3年間のことを「今書いておかないと」と思っています。

彼は、高校1年生の冬くらいから学校を休みがちになりました。

原因は体調不良でしたが、ちょうどコロナが流行したこともあり私の判断で学校をやすませることも多々ありました。高齢者福祉という仕事柄、過敏になっていました。

「今日、行かなかった」が2日、3日続くようになり、、、1ヶ月、2か月と長くなっていきました。でも時々自分で行ったり、単位に必要な登校日数が足りなくて親が送って行ったりしたので、連続して登校できなかった日数がどれほどだったのかは数えていません。

傍から見ると「不登校」な状態になったわけですが、親の心情としては「不登校」ではなく「登校しなかった」という状態です。

だって、本人は行きたくなくて行かないのではなく、「行けなかった」という結果が残っただけなのですから。

(もちろん「行きたくない」と明確に思っていた時もあるかもしれませんが。私には「行きたくない」とは言いませんでした。「行かない」というだけでした)

 

長男の高校生活を通して、私が強く感じたことは

「学校にいけない」という、たったそれだけのことで、親には深い葛藤があるということです。

本人は自分の状態をどう感じていたのか…将来、聞いてみたいと思います。

 

たとえば、こんな時に何とも重い気持ちになりました。

・朝声をかけても部屋から出てこない。トイレに籠る。

・朝30分以上かけてつくった弁当が、家に残っている。

・親族から親(私)に「このままでいいの?」と言われる。

・職場に遅刻することを謝り倒して毎日1時間かけて学校へ送迎する。(それでも、車から降りられずに帰宅したこともありました)

 

そして、一番つらかったことは子どもが命を絶ってしまったらどうしようと何度も思ったことです。

日中、物音がしない部屋のドアに呼びかけるとき、「応答がなかったらどうしよう」と頭の中は不安でいっぱいでした。

 

私が感じた多くの不安な気持ちは、子どもが登校をしぶったことのある親が感じる気持ちに共通したものではないかと思います。

「この子の未来はどうなってしまうんだろう?」という気持ちの中で過ごした約2年間は、私にはとても長く感じました。

だから、息子の卒業を報告した多くの方から

「あっという間だったねー!」と言われる中

実親から

「アイ達にとっては長かったことと思います」

と言葉をかけられたときは、慰められた気持ちで涙が出ました。

 

このような経験から感じたことは

・「不登校」という言葉への違和感

(結果として登校しなかっただけで、この先も行かないわけではない、という気持ち)

・安心して通えるフリースクールなど第2、第3の選択肢がほしい

(未来が描けず、親も子も不安の堂々巡りにある)

ということです。

郡部においても、多様な選択ができるように私なりの勉強とアクションを起こしていきたいと思います(^^)/

作成者: aikudou

青森県三戸郡南部町(なんぶちょう)の町議会議員です。
1983年茨城県生まれ、千葉県育ち。
「大家族と自然の中で育児したい」という夢を叶えるため、2012年から連れの故郷『南部町』へ移住しました。
はじめは南部弁が聞き取れず四苦八苦(^^;
今では南部町の豊かなフルーツと雪景色に魅了され、「この素敵な町のファンをもっと増やしたい」と議員になることを決意。
高齢者施設「八幡のゆ」施設長、5児の母、移住議員の日常をレポートします。

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